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【2024/04/20 16:23 】
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幕間33.5 full.ver

元は、こんなでした、なそんな。


拍手[1回]



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雨が降りしきる昼下がり。
宿の食堂のカウンターの角を陣取って、テーブルクロスよろしく布を広げる。
道具を並べていって店を広げる様子に、マスターがカウンター越しから
可笑しげに笑いかけてくる。

「物好きだねぇ。部屋の方がよっぽど静かだろうに」

「ここがいいんだ。手先が器用ですって宣伝になるだろ」

肩を竦めて冗談めかす。
抜け目ないねぇなんて言葉を笑い飛ばしては、手元に並ぶ道具を確認していって。
預かったリュート、木材の破片と木の屑、ヤスリ、粘着材と塗料が少し。
古新聞を広げなかったのは、質の悪いインクが転写した後が大変だから。
ざわりざわりと、おやつ時の食堂は天気のわりには賑わっていた。
潮騒のような人の声が落ち着くのだとは、マスターには教えない。

改めてリュートを眺めれば、最後に見た時と変わらず、表面板に亀裂が走っている。
割れてる箇所の修繕の依頼は、通りがかりの吟遊詩人から得たものだった。
昔馴染み、と呼ぶほどに関わり合った訳でもないが。
同じ、酒場で仕事を貰う身として、幾度と顔を合わせた相手でもあった。
右手の包帯を外したら真っ先にやろうと思っていた作業のひとつだったが、
結局は随分と時間が開いてしまっていた。
――表板を外して。

「ねぇねぇおじさん、何やってるの?」

横から人見知りの欠片もない幼い声がかかったのは、
手先の感覚を確認しながら、ナイフで薄く削った木屑を
粘着剤と混ぜ合わせている最中だった。
何度も何度も練っては出来る限りキメを細かくしていく作業の傍ら
目を向けて笑みを向ける。

「『お兄ちゃん』はなぁ、楽器を直してるんだよ」

若干、ひきつった、そんな。
混ぜ終わった粘着材を割れ目に薄く塗りながら答える声は、
最初の一語にしっかり力を込めて。
そうしてから、やはり削って置いてある木片の長さを調整して、
表板の割れ目に沿わせて嵌め込んでいく。
一通り割れ目が埋まる頃には、母親のランチがてらの長話に
暇をもて余した子供が、ちゃっかりと横の席に収まっていた。
微妙にキャッチボールの成立しきらない会話を進めながら。

「ボクねぇ、楽器はねぇ、このあいだねぇ、学校で初めてカスタネットやったんだよ!
 それでね、ホントはタンタンタタンってやらないといけないんだけど、
 ボクのはタンタンタンってなってね――」

高い声に耳を傾けながら、カスタネットのリズムではないが、
割れ目に入らない木片の部分をナイフの尻でトントンと押し込んでいく。
初めて、と話す口振りが可愛らしいものだと思う。
子供は嫌いじゃなかった。

「初めてと言えば、俺はこないだ初めて幽霊見たぜ」

結局自慢できず仕舞いだったこの夏の体験談を披露してやれば、
狙い通りに素直な驚きの反応が返る。素直さが眩しい。
木片が嵌まり込んだのを確認して、再度粘着剤を擦るように念入りに押し込んでいく。
粘着剤の水分が引いて縮む板が再度割れないように多少無理にでも
埋めておくべきだというのは、知り合いの楽器屋の親父から聞いた話だった。

「そう言えば、リュート直すのも初めてだなぁ…」

なんとはなしに呟けば、横から笑い声が漏れた。

「変なの!おじさん、オトナなのに初めてばっかりだね!」

くつくつと可笑しげだ。
オトナが万能だと信じられるそんな年頃。

「そりゃぁ、『お兄ちゃん』だって、初めてのひとつやふたつあるさ。
 特に『なんでも屋』なんてやってるとな、いろーんなお仕事が来るからなぁ」

再度お兄ちゃんを強調するが一向に子供が意識する気配はない。
何が楽しいのか、へーんなのー、へーんなのー、と即興の歌などを口ずさみ出す始末だ。
それを半分は聞き流しながら、板の表裏に出る押し込んだ木片の余りを
綺麗に削り取っていく。

――確かに、変な話だ。

木目を遠くから眺めながら思う。
逆なはずじゃぁなかったか。
色々な仕事を引き受けるから、やってない事の方が少ないと思っていたが。

「剣の稽古をつけるってのも、案外やった事無かったもんな…」

砂色の髪の青年と砂浜で行う訓練は、自分がかつてやっていたものとは比べ物にもならないのだが、
それでも飽き性に違いない依頼主との稽古もどきは次で3回目に到達する。
いずれは不意打ちなどの練習も視野に入れて選んだ砂浜の練習場所は、
大岩の間隔と砂の空き地のバランスが良く、今では自分の鍛練にも
そこに行くことが多くなっていた。
図らずも、出来つつある、『いつもの』場所――。

「剣?!」

と、思考の傍ら、ぱっと横では子供の関心が再度歌からこちらへと戻る。
この街の男の子なら、剣は船と並んでいのいちばんに興味を引かれるものの代表格なのだ。
そう、剣、とリュートの表面の色合いを確認しながら返事をする。
材質を気をつけて選んだだけあってぱっと見の違和感は殆ど無い。
ニスを塗り終われば見分けもつかなくなるだろう。

「ボクね、今度ね剣のおけいこの見学に行くんだよ!」

嬉しげな声が続く。
表板を楽器の本体にはめ直す前に、その他の修繕箇所がないか、
裏側や中を注意深く確認するが、取り立てて気になる箇所は見当たらなかった。
表板のローズ模様も透かして見る。
細やかな文様が秀逸だった。

「テトがね、習い事を始めるんだけどね、ボクも一緒にやろうよってゆってくれてね、
ママがね見学してからねって。でもボクはやりたいんだゼッタイ!だってね、だって、」

当たり前のように飛び出す名前は友達なのだろうと想像しつつ、
最近はそんな子供向けの教室もあるのかとか考えつつ、嵌め終わった板を指でなぞる。
ニスは日を置いてから、と考えたところで小さな見学者が声を弾ませた。


「ボクね、そうやってゆわれたの初めてだったんだ!」


――はた、と木目をなぞる指が止まる。


ゆっくりと、隣を見やれば、それはもう満面の笑みが浮かべられている――。


その、笑顔に、連想する顔がある。
『初めて』――。
無邪気な言葉に、不覚にも思い至って。


「――…はっ、ぁはははは!」


突然吹き出せば、横で子供が驚いた顔をする。
泡を食ったように身を乗り出して、

「え?なに?何がおかしいの?」

そんな風に尋ねてくるる様子がさらに笑いに拍車をかける。
けたけたと、それこそ子供がたわいもない冗談に笑い転げるように、
肩を揺らして笑い続けて。

「ボクがゆったのがおかしかったの?ねーーえ!!」

いよいよムキになりだす声に親の視線がこちらに飛ばされるのに、
大丈夫だともすまないとも取れる様にひらり手を振りながら。

「いや、そうじゃ、なくてっ。思い出し、笑い…、」

尾を引く笑いの気配をなんとか押し戻しつつ弁明する。
可笑しくて仕方がなかった。

どうしたらいいか分からないだって?

いい歳して、とほうに暮れて。
――そんな事は『初めて』だから。
今の今まで――小さな彼の言葉を借りるなら『オトナなのに』――
あんな言葉をあんなに真っ直ぐ言われた事が無かったのだと、本当に今更に気がつく。


『一人の人間として、ガッツリお前と向き合うんだ』


「それにしたって、はははっ…」

あんまりじゃぁないか。

今までだってそういう優しさや思いやりを向けてくれた人はたくさんいたはずなのだ。
ただ自分がはね除けて、蔑ろにしてきただけで。
蔑ろにする事を、わざわざ選び取ってきただけで。
そして今、蔑ろにするタイミングさえ与えてくれない少女にいい様に、翻弄されている。

あぁ、この気持ちは何だろう。
決して恋愛ではない感情はやはり自分でも置き所が分からないままなのだが。

トスン、と隣の小さな頭にグローブ越しの手をのせる。
それまで不服げに喚いていた声が止んできょとりと綺麗な瞳が此方を向く。

「嬉しい事してくれるヤツのこと、大事にしてやれよ」

大事にするという選択肢を選び取れるのだから。
自身では、選びとれないその、選択肢を――。

闘技場で言われた時は恐怖しか感じなかった言葉と、『証』が。
或いは、それ以外の暖かい気持ちも確かに残したのかも知れないと。
暖かく甘美なそんな気持ちを認めてしまいそうになる。
畑での戯れのようなやり取りを思い起こしながら。
俄に湧く甘え心を、けれど確かに打ち消して。

ひと笑いしては、意味が分からないと怪訝な顔をする子供の頭を最後に軽く掻き乱す。
よく分からない、と顔をしかめたままの子供を横目に席を立ち、道具類を片付けて、
側のテーブル席にいる母親に頷く様に会釈を向けてから、部屋へと続く階段を登る。

どうかしていると思う。
最近はこんな気持ちに慣れ過ぎている。
交互に見る悪夢に、我ながら呆れてしまいそうになるのだから滑稽だ。

とめどない思考をもうしばらくは転がして。

季節外れに長々と降る雨音と、食堂の声を聴きながら――。
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【2013/09/18 06:59 】
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